森からボトルへ
私のところから届く一本一本のボトルは、何度も私の手を通っています。森で植物に許しを求めるその瞬間から、抽出液をガラス瓶に注ぎ、ラベルを貼るその瞬間まで、あいだに工場はひとつもありません。あるのは火と鍋と川、そしてたっぷりの忍耐です。
私の名前は Alex Shatra。このページは、エッセンスがあなたのもとへ届くまでに何が起きているのかをお見せするための場所です。実際以上に神秘的に語るつもりはありませんし、実際以上に工業的に見せるつもりもありません。ただ、どうやって作っているのかをそのままお話しします。
ざっくり言うと
- 採るだけでなく、育てています。マスタープラントは自分たちの手で植え、挿し木で増やしています。収穫するのは成熟した株だけ、必要な分だけ。挿し木は土に返します。
- 乾燥は太陽と風で。乾燥機は使いません。手で返しながら、ゆっくりと。うまく乾かなかったものは、鍋に入る前にすべて捨てます。
- 火にかける前に、必ず洗います。純度が始まるのはここであって、ラベルの上ではありません。
- 薪の火とステンレスの鍋で、何時間も、ときには何日も炊きます。植物ごとにやり方が違います。葉は短くやさしく、樹皮や硬い木は頑固で、はるかに時間がかかります。
- 過剰なタンニンは落とします。それを必要とする植物にかぎってですが、タンニンは傷みやすい部分だからです。植物はその性質をすべて保ち、出ていくのは残りを台無しにしていたであろう部分だけです。
- 化学物質も着色料も使わず、合成保存料も使いません。入っているのは、植物と、それを炊いた水と、安定させるためのごく少量の天然アルコールだけです。
- ご注文を受けてから、そのつど新しく瓶詰めします。30ml、色つきガラスの瓶。手で詰め、封をし、梱包します。最大一週間お待ちください。その一週間が、仕事そのものです。
写真つきの詳しい話は、この下にあります。読むのに五分ほどです。
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詳しい話
苗床の種から、あなたの手のなかの封をされた瓶まで。
私がこれを学んだ場所
この方法を私が発明したわけではありません。アマゾンのShipibo(シピボ)の伝統のなかで、これらの植物が売り物になるよりずっと前から、それを扱ってきた人たちに教わりました。本からでも、講座からでもありません。仕事を渡され、できるようになるまで直され続ける。切り、運び、洗い、鍋のそばに座り、植物のディエタをして、そして聴く。
マスタープラントは原料ではない、ということも、その伝統のなかで教わりました。それは「誰か」なのです。取る前に尋ね、必要な分だけを取り、決して在庫として扱わない。私が持ち帰ったのはレシピではありません。植物との関わり方と、抽出がいつ仕上がったのかがわかる手です。
はじまりは収穫のずっと前
最初の仕事は切ることではありません。最初の仕事は植えることです。畑では、種から、挿し木から、マスタープラントを自分たちの手で育てています。森だけが与える側にならないように。なかには、扱えるようになるまでに何年もかかる植物もあり、その待つ時間もまた、この営みの一部です。
苗床の若い植物たち。すべてはここから、日陰のなかで、収穫の何年も前に始まります。
植物から受け取ったときには、土に何かを返します。挿し木を増やして川沿いに植え戻し、今日収穫したものが明日には補われるようにする。これは買ってきた認証などではありません。この仕事を一世代より長く続けようと思えば、これしか道がないというだけです。
川辺の木箱に並ぶ挿し木。土に戻る日を待っています。
まったく切らない植物もあります。Toe と Wachuma の花は、見守り、世話をし、会いに行くだけです。花は自分の時間で開きます。たいていは夜です。その夜に差し出されたものを受け取るか、次の夜を待つか、どちらかです。
花を咲かせた Toe と、夜にだけ開く Wachuma の花。
収穫:奪うのではなく、尋ねる
私が教わった伝統では、マチェーテを手にいきなり現れたりはしません。まず尋ねます。植物のそばに座り、何のために必要なのかを伝え、答えが感じられるまで待つ。それをアニミズムと呼ぶか、敬意と呼ぶか、ただの分別と呼ぶかは自由ですが、実際の結果は同じです。植物を丸裸にしない。そして、実際に扱いきれる以上は取らない。
その場で削り、葉の上に置いた新鮮な樹皮。成熟した植物だけ、必要な分だけ。
私が守っているルールは単純で、どの商品ページにも書いてあるものと同じです。
- これらの森を誰よりもよく知る先住民のコミュニティと一緒に仕事をしています。
- 収穫するのは成熟した植物だけ。若い個体には手をつけません。
- 取るのは必要な分だけ。「念のため」の在庫は作りません。
- どの工程でも、有害な化学物質も農薬も使いません。
- 廃棄を減らし、副産物はあるべき場所へ返します。
左が樹皮と根、右が Mucura の葉。編んだ袋に入れ、歩いて運び出します。
樹皮、根、葉、花は同じものではなく、同じ扱いもしません。植物はそれぞれ違う部分から力を差し出します。どの部分を求めるべきかを知っていることも、この手仕事の一部です。
乾燥:いちばん時間がかかり、誰にも見られない工程
森から出てきた植物は、細かく刻んで乾かさなければなりません。乾燥は太陽と風で、開いた棚の上で、手で返しながら行います。乾燥機も、強制的な熱も使いません。熱は速いのですが、いちばん残したかったものを飛ばしてしまいます。
外の空気で乾かす刻んだ樹皮。アマゾンの湿度では何日もかかることがあります。
最初の選別もここで行われます。うまく乾かなかったもの、湿気を吸ってしまったもの、あるべき匂いがしないものは、鍋に入る前にすべて捨てます。いま樹皮をひと握り捨てるほうが、あとで抽出をまるごと台無しにするより簡単です。
どのバッチも、次の工程に進む前に一片ずつ手で確認します。
きちんと乾けば、必要になるまで寝かせておけます。樹皮も葉も根も、それぞれの色とそれぞれの匂いを保ちます。何年かこれを続けていると、良いバッチとそこそこのバッチの違いは目を閉じていてもわかるようになります。
洗浄:純度が本当に始まるところ
火にかける前に、すべてきれいな水で洗います。森の埃、虫、土、ジャングルから一緒に出てきたものすべてを。当たり前に聞こえますし、実際そうなのですが、退屈で手間がかかるぶん、たいていの人が飛ばしてしまう工程でもあります。
抽出前の洗浄。純度とはラベルの上の主張ではなく、これのことです。
抽出:火、水、時間
ここで火です。植物を水とともに鍋に入れ、ゆっくりと、何時間も、ときには丸一日、ときには一日以上かけて炊きます。弱火です。急ぐこともできませんし、その場を離れることもできません。誰かがそこに座って、色を見て、泡を見て、薪をくべ、止めどきを知っていなければなりません。
炊くのはすべてステンレスの鍋です。この仕事に使う気になれる金属はこれだけです。植物と反応せず、自分の成分を抽出液に溶かし出さず、バッチとバッチのあいだにきちんと洗える。アルミも銅も、痕跡を残しかねないものは一切使いません。
火のそばにいるのが私です。私が売る抽出液はすべて、こうして炊かれています。
すべてが森で行われるわけではありません。乾かした植物の一部は輸入し、ヨーロッパでまったく同じやり方で抽出しています。同じ鍋、同じ火、同じ手。植物も方法も変わりません。変わるのは場所だけです。想像に任せるより、自分から言っておきたいのです。
同じやり方で抽出できる植物は、ふたつとない
ここは工業化のできない領域で、この手仕事のいちばん肝心なところが生きています。植物はそれぞれ、自分に合ったやり方を求めます。
葉と花は繊細です。Guayusa、Bobinsana、あるいは Wachuma の花は、持っているものを早く差し出すので、やさしく、短い時間で扱います。無理に炊きすぎれば、残したかったものをそのまま飛ばしてしまいます。
樹皮と硬い木はその逆です。Una de Gato、Tahuari、Shihuahuaco は頑固で、閉じています。何かを手放すまでに何時間も、ときには一日以上かかりますし、そもそももっと細かく刻んでおく必要があります。根と樹脂はまた別です。
温度、時間、刻みの細かさ、何度火に戻すか。そのすべてが植物ごとに変わります。全部をひとつのやり方で済ませれば、はるかに速く、はるかに安上がりでしょう。そのかわり、どれも見た目が同じで中身の薄いボトルが並ぶことになります。
鍋に入る葉と、その一時間後の同じ葉。短く、やさしく、目を離さずに。
Una de Gato と、それを炊くための薪。これは時間のかかる植物で、近道はありません。
精製と濃縮
最初の炊き上げが終わると、液体を濾し、植物は搾って取り分けます。そして液体をふたたび弱火にかけ、何時間もかけて水分を飛ばし、あとに残るのは濃く、色の深い、凝縮した液体だけになります。いちばん時間がかかり、いちばん見栄えのしない工程です。
薪の火の上での煮詰め。鍋いっぱいの液体から残るのは、ごくわずかです。
タンニン:一部を取り除く理由
いくつかの植物、とりわけ樹皮では、精製の一環として過剰なタンニンを落とします。これは味の話でも、見た目を整えるための話でもありません。タンニンは傷みやすい部分です。真っ先に変質し、液体を濁らせ、瓶の底に沈殿を作り、何かを加えないかぎり抽出液を長く安定させるのを非常に難しくします。
適切なところまで落とせば、抽出液はそれ自体で、はるかに長いあいだ澄んで、きれいで、生きたままでいられます。ほかには何も取り除きません。植物はその性質をすべて保ちます。出ていくのは、残りを台無しにしていたであろう部分だけ。しかも、本当にそれを必要とする植物においてだけです。
だから私は、注釈なしでこう言えます。化学物質は使いません。着色料も使いません。合成保存料も使いません。これまでも、これからも一切です。畑でも、乾燥でも、鍋のなかでも。あなたの瓶に入るのは、植物と、それを炊いた水と、それを守るためのごく少量の天然アルコールだけです。ほかには何も入っていません。
そのあと、何も浮かんでいない状態になるまで、何度も何度も濾します。どの抽出液も、承認する前に必ず匂いを嗅ぎ、味をみます。納得できなければ瓶詰めはしません。実際にそうなったことがありますし、これからもあるでしょう。誇れないものをお送りするくらいなら一週間お待ちいただくほうがいい、というのがその理由です。
抽出が終わり、濾し終えたあと、カビや細菌を防いで液体を安定させるために、ごく少量を量った天然アルコールを加えます。それ以外は何も変わりません。色も、香りも、強さも、植物が差し出したものはそのままです。
森の作業台での最後のひと注ぎ。うしろの籠には、摘んだばかりの葉がまだ残っています。
瓶詰め:ご注文を受けてから、そのつど新しく
自分の首を絞めているとわかっていて、それでも続けていることがあります。瓶詰めした在庫を棚に置いていません。ご注文が届いてから、発送の直前にあなたの抽出液を仕込みます。商品ページで最大一週間お待ちくださいとお願いしているのはそのためです。あの一週間は遅れではなく、仕事そのものです。
Chuchuhuasi の瓶詰めと、仕上がった Chiric Sanango。何か月もの旅の、最後の一歩です。
どの瓶も 30ml の生のオーガニック植物抽出液です。手で詰め、封をし、元になった植物の名前を記したラベルを貼り、私が梱包します。小さなバッチ、製造ラインなし、外注なし。
瓶は色つきガラスで、ロットによって緑または琥珀色です。これは飾りではありません。光は生きた抽出液の敵です。色つきガラスは透明ではないので、中身を劣化させる光を遮ってくれます。しっかり閉めて、日光と熱から遠ざけて保管すれば、私の手を離れたときのままでいてくれます。
なぜこのやり方なのか
業者から出来合いの抽出液を買い、自分のラベルを貼れば、明日にでも売る量を何倍にもできます。実際、そうしている人はたくさんいます。でもそれでは、中に何が入っているのかを私は知らないままですし、本当にどの植物から来たのかも、切る前に誰かが許しを求めたのかどうかもわかりません。
だから植物から瓶まで自分の手でやりますし、そのぶん作れる量に上限ができることも受け入れています。あなたが払っているのは液体の代金ではありません。その植物が育つのにかかった年月と、炊き上げるのにかかった一日と、火のそばで誰かが眠らずにいたという事実です。
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- マスタープラント・エッセンス一覧、全種類、各 30ml
- マスタープラント・キット、相性のよい植物の組み合わせ
- Una de Gato、Noya Rao、Bobinsana、Mucura、Tahuari、Wachuma の花
どこから始めればいいかわからない方は、まず抽出液との向き合い方のガイドラインをお読みください。あるいはシャーマニック・ディエタのページや、Plant Wisdom に集めた話をのぞいてみてください。
ページを読むより人に聞きたいという方は、私と一時間ご一緒ください。一緒に選びましょう。もちろん、ただお便りをくださるだけでも構いません。メッセージには私自身が返信しています。
一滴一滴が、それを生んだ森の忍耐を運びますように。
- Alex Shatra -